われに五月を

1985年5月4日新装初版(定価1500円)思潮社/装幀:森崎偏陸


五月の詩・序詞

きらめく季節に
たれがあの帆を歌ったか
つかのまの僕に
過ぎてゆく時よ


1932年1月、作品社から刊行された記念すべき作品です。短歌研究に投句した「チェホフ祭」(原題:父還せ)が特選になったものの、ネフローゼによって入院。絶対に助からないと宣告されていたのです。稀有な才能を一冊の本も残さずに死なせてはならないと、短歌研究の選者でも あった歌人の中井英夫氏が作品社に働きかけて刊行されました。


 

この「われに五月を」は、寺山修司の3周忌となった1985年、思潮社から新装初版として刊行されました。表紙の写真は、東京・八王子の高尾霊園高乗寺にある寺山修司の墓。デザインは栗津潔。

表紙をめくるとそこには、

五月に咲いた花だったのに
散ったのも五月でした   母

という母・寺山ハツの直筆の追悼文が半透明の薄紙に印刷されています。母の文字の後ろには、療養中に撮影された若き日の寺山修司の写真がまるで母に隠れるように薄紙を通して映ってくるように装丁されています。彼の死後に刊行された書籍の中で、小生がもっとも気に入っている作品です。発行日も寺山修司の命日である 5月4日 となっています。


僕のノート

青年でありたいという気持ちを持続しようとするとき彼のもっとも許しがたい人間は大人になった彼自身であろうという意味のことをアンドレ・ジイドが書いている。
この作品集に収められた作品たちは全て僕の内に棲む僕の青年の所産である。言葉を更えて言えばこの作品集を発行すると同時に僕の内で死んだ一人の青年の葬いの花束とも言っていいだろう。しかし青年は死んだがその意識は僕の内に保たれる。「大人になった僕」を想像することは僕の日日にとってはなるほど最も許しがたく思われたものだ。
だが今では僕はそれを許そうと思う。いや、許すというよりもロムヌーボー「新しい大人」の典型になろうと思うのだ。美しかった日日にこれからの僕の日日を復讐されるような誤ちを犯すまい。
新しいというのは古くならないことではなくて、それの尺度となるのが歴史であることを僕たちは知っている。歴史が精神的にだけではなく、物質的にも体験されるためには生活することが必要である。生活する、ということはラディゲの言を持たずとも生まれたときから始まっているが生活している自分と歴史との関係を知覚できるのはやはり年齢だ。
そしていま僕の年齢は充分である。この作品集をそうした「生活を知覚できずに感傷していた」僕へのわかれとするとともにこれからの僕への出発への勇気としよう。僕は書を捨てて町を出るだろう。ここに入っているのは全部が、僕の十代の作品である。俳句と横書きの詩は高校時代にかいたものだ。
この作品集を出すことについては手伝ってもらった数多くの人たちに感謝したい。晩夏のベンチで反抗について議論し、雨の扉をしめてレコードの音をみつめあった日日に僕はいまふりかえって限りない愛着を覚える。僕の短歌はこの人たちなしには勇気をもつことができなかっただろう。
母をふくめてこれら人々へ、この本を捧げたい。  十二月一日

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