カテゴリー別アーカイブ: 6.童話

赤糸で縫いとじられた物語

昭和58年10月、没後5ヶ月後に発行されたシリーズが 新書館から出版された「寺山修司作品集」(写真)です。 第1回配本「赤糸で縫いとじられた物語」は、彼の童話を集めたものです。 没後に発行された復刻本として最初に入手しました。 寺山ワールドを短歌、俳句、映画、演劇を通してしか見ていなかった小生にとって 衝撃的な世界でした。寺山ワールドに取り憑かれる一因となった書籍です。 目次: 壜の中の鳥 消しゴム まぼろしのミレナ 数字のレミ 踊りたいけど踊れない 1センチジャーニー 思い出の注射します かくれんぼの塔 イエスタデイ 海のリボン 影の国のアリス 書物の国のアリス 解説・悪意の変貌/童話作家、寺山修司について(高橋康也) 寺山修司が一冊の見事な童話集を遺していることは、 案外知られていないかもしれない。 演劇・映画・短歌・エッセイなど、往くとして可ならざるはなかった彼にとって、 童話とはもう一つの征服されるべき領土にすぎなかったとも言える。 あるいは、演劇や映画という気苦労の多い世界での活動からの、 それは軽やかな息抜きでもあったろう。 しかし、これらの童話に、私は寺山修司の最も純粋な状態における魂を見る。 もっといえば、彼の夢を出発点において支配したであろう原風景と同時に、 その夢の特権的に実現されているかたちが、そこにあるような気がしてならない。 英文学者・高橋康也  

カテゴリー: 1.書籍, 6.童話, 7.資料 | コメントをどうぞ

書物の中のアリス

切り抜かれたおばあさん そのハサミは、見たところ、ぼくふつうのハサミと変わったところがありませんでした。そこで、アリスは、もしかしたら古道具屋のおじさんにだまされたのではないかと思いました。 なぜかといえば、おじさんはお釣銭をくれなかったからです。アリスは、ハサミを買ったお釣で猫のけむりに、ビスケットを買って帰るつもりでした。 そこで、「お釣は?」ときくと、古道具屋のおじさんは首をふって「ない」と答えるのです。 アリスは、びっくりして、 「こんな錆びた中古のハサミがそんなに高いの?」 とききました。するとおじさんは言いました。 「これは、ただのハサミじゃないからね」 それからアリスの手にもっていたハサミをちょっと手に持って、 「ちょっと見てごらん」 と言いながら、砂男のように目玉をギョロつかせ、かたわらの絵本をとりあげました。それは七ヶ月も売れ残っている鳥の絵本で、表紙には印刷のずれた一羽のずれたモズのペン画がのっていました。おじさんは、その表紙のモズをじっと見ていましたが、おもむろに、ハサミで切り抜きはじめました。すると、切り抜かれてゆく途中からペン画のモズはバタバタと羽ばたきはじめ、切り抜き終わったところで一声高く、チチチチッと叫んだかと思うと、古道具屋の店先から、青空めがけて、飛んでいってしまったのです。 「どうだね?」 と得意そうに、古道具屋のおじさんは言いました。 「ものハサミに切り抜かれたものは、みんな生き返るようになっているのさ」 それで、アリスはこのハサミを買うことに決めました。 「けむりや、とてもおもしろいハサミを買って来たのよ」 と、アリスは言いました。 「さあ、見ててごらん。おまえのお友だちを作ってあげますよ」 アリスはアパートの寝台に腰かけて、猫のけむりにそう話しかけました。それは猫のけむりが、上手に腕を組めるようになったことへのほうびのつもりだったのです。猫のけむりは、アリスの買ってきたハサミを、こわがって、一度は寝台の下に逃げこみましたが、それが自分のひげを切るためのものではないとわかると、安心して近よって来ました。 アリスは、「猫の絵本」をひらいて、上機嫌で、そこにのっている猫の絵を切りはじめました。一匹、二匹、三匹。たちまち、部屋は猫でいっぱいになってしまいました。切り抜かれた猫たちは、けむりとそっくりの声で、ミャーオ、ミャーオとなくのでした。 「さあ、けむり。これでおまえはもう、ひとりぼっちじゃなくなったわね」 と、アリスは言いました。 「これからは、月夜にヒステリーを起こして、ヴァイオリンの上を飛んだりはねたりしないでちょうだいね」 切り抜かれた猫たちは、けむりのミルク皿に集まって、ごくごくとミルクを飲みはじめました。 でも、かなしいことに、表は、ほんものの猫そっくりなのに、裏には英語の文字が印刷されているのです(たぶん、裏のページは著者の解説かなにかだったのでしょう)。 そのあくる晩、アリスは、こんどは絵本の最後のページにのっている、孤独なおばあさんを切り抜くことにしました。猫の煙に、たくさんの友だちができたため、アリスの相手をしてくれなくなったのが原因です。アリスは、おばあさんを切り抜いて、その友だちになろうと思いつきました。見たところ、そのお婆さんは、茎やかましくもなさそうだし、ホウキにもまたがっていなかったので、安心だったのです。 アリスは、ハサミを成就に使って、お婆さんを切り抜きはじめましたが、ペン画のお婆さんは、なかなかデリケートに描かれていたため、ハサミで輪郭を切ってゆくのは、思ったよりむずかしいことでした。 そのうち猫のミルクの鍋が煮立って、ぐずぐず音を立てはじめたので、アリスはそっちのほうへ気をとられてしまい、手もとがすべってお婆さんの鼻を切り落としてしまいました。 「あら、まあ、ごめんなさい!」 びっくりしたアリスは、切りそこなった鼻を、ノリでくっつけようとしたり、セロテープでつなぎあわせようとしたりしてみましたが、うまくいきません、とうとう、鼻のないお婆さんを切り抜いてしまったのです。 切り落とされた鼻のほうはどうなったか、と言うのですか? それは、アリスの手の上で、かなしそうにひくひくと匂いを嗅ぎまわっていましたが、どこかへ行ってしまいました。顔のない鼻の怪奇な放浪の話は、またべつの機会に書くことにしましょうね。さて、切り抜かれたお婆さんは言いました。 「アリスや、おまえは絵ばかり切り抜こうとするから、そんな失敗をするのだよ。文字を切り抜きなさい、文字を。絵は、目に見えるものだけしか生き返らせることはできないけれど、文字はどんなものが飛び出してくるか、楽しみがいっぱいあるからね」 言われてみると、その通りでした。試みにアリスは、かたわらの童話集を手にとって、 もしも願いごとがお馬だったら 浮浪者はそれに乗るだろう もしもかぶが時計だったら ぼくはそれを腰にさげるだろう という一篇の唄の最初の二行にハサミを入れてみました。すると、本のあいだから馬にまたがった一人の浮浪者が出てきて、「ありがとう、ありがとう」とアリスに手をふりながら、遠ざかって行くのでした。 そこで、アリスは三行目は慎重に(そして、ほんの少し意地悪に)かぶという二文字だけ切り抜いてみました。すると、小さな本のあいだから、本より大きくて真赤なかぶが、ころがり出てきました。そこで、アリスは、こんどは、時計という二文字を切り抜いてみました。すると、やっぱり音字ことが怒ったのです。本のページとページのあいだで、チック、タック、本全体をゆるがすような鼓動がはじまり、ピカピカの懐中時計がすべり落ちて来たのです。 「まあ、死んだおじいちゃんのよりも立派だわ」 とアリスは言いました。でも切り抜かれたお婆さんは、あんまりいい顔をしませんでした。 … 続きを読む

カテゴリー: 6.童話 | コメントをどうぞ

1センチジャーニー

少女はアリスといった。少年はテレスといった。二人がいっしょにいると、アリスとテレスがいると、みんなが言った。そしていつのまにか、「と」が名前の一部になってしまって、「アリストテレスがいる」ということになるのだった。二人は世間でいう恋人同士だった。だがアリスは二人の恋が、決して永遠でないことを知っていた。なぜなら、アリストテレスはその学説のなかで言っていたからである。 「最もすぐれているものは包むものであり、完結されるものというよりは限界である」と。 アリスは本屋で働いていた。アリスの楽しみは。本棚の背表紙を(主人に見つからないようにこっそりと)並べかえることであった。例えば「家なき子」が「フランケンシュタイン」と並んでいる場合には、ちょっと抜き出して「足ながおじさん」の隣へにもって行ってやった。「影をなくした男」と「電灯の歴史」を並べたり、二冊の「ある愛の詩」のあいだに「笑い猫」をはさみこんだりするいたずらも楽しみのひとつであった。 アリスは、どちらかといえば、新刊書よりも古書が好きで、それも仔羊皮で装丁され、羊皮紙に手書き文字で書き込まれた古い詩集などがお気に入りであった(だから、そうゆ本はなるべく売れないように。眼のとどかない最上階の隅っこなどへかくしておいたのである) テレスは鏡屋の職人だった。さまざまな鏡をみがいておくのが仕事である。裏通りの鏡屋 「まばたき亭」には、手鏡から壁一面の鏡まであって、それぞれに値段がついていた。たとえば何人並んでも自分だけしかうつらない鏡や、二人がその前に立っても犬になってうつる鏡、自分の死顔だけをうつしてくれる鏡、さまざまな鏡があって、それをいつもピカピカにみがいておくのである。もし売れたらそれを相手の家まで配達してあげるというのが仕事である。ときには、書いての希望によってフレームをつけかえたり、大きすぎる鏡をけずったりすることもある。いちばんよく売れるのは「スノウホワイト」という名の、だれもが世界一の美人になってうつる、という鏡であった(そしてテレス、もしお金がたまったらこの鏡を買ってアリスにプレゼントしてやりたいと、ひそかに思っていたのであった)。 アリスとテレスとお月さま 全部そろえば ものがたり ひとつ欠けても ものがたり ふたつ毛kても ものがたり 全部欠けても ものがたり ペンをいっぽんいかが? そのアリスがいつものように公園で待ち合わせているとテレスが遅れてやってきた。おや、とアリスは思った。自分が高い靴をはいているわけでもないのに、テレスがいつもより少し背が低く感じられたのである。 おかしいわ、とアリスは思った。あたし、背が伸びたのかしら? いつも二人で並んで歩くとアリスの髪がテレスの頬にふれる高さだったのに、今夜にかぎってアリスとテレスの頭がふたつ同じ高さになって髪と髪、頬と頬とがくっつくのである。 お月さまのいたずらかしら、とアリスは思った。それともアリストテレスが言ったように、「自然はつねに、ある部分からとり去ったものを他の部分に与える」のかしら。 アリスはさっそく、「ありとあらゆるもののサイズ全科」という本をとり出して人間の伸びちぢみについて調べた。それから「なんでもはかります商会」に行って自分の身長をはかってもらった。その結果、アリスの身長にはなんお変化もないということがわかった。となるとテレスの身長がちぢんだことになる。 テレスはなまけもの 靴を片っぽはいたまま ズボンを半分はいたまま むぎわらぼうしをとりおとし おやすみぐうぐう 眠っている間に世界の 背がのびた 信じられないことだが、テレスの背がほんの少し低くなったというのはほんとのことだった。そしてそれは二日目にはさたにはっきりし、三日目にはテレスの背がちぢんでいることが明らかになってmもう、なにものの力でもふせぐことができなくなった。テレスは「だれもがもとの姿にうつる鏡」の前で途方にくれながらも、「ぼくがちぢんでいるのだろうか? それとも、ぼく以外のすべてのものが、ふくらみ、伸び、大きくなっているのだろうか?」 と、考え込んでしまうのだった。 アリスとテレスが会っても、今までのようにしあわせなひとときを持つことができなくなってしまったのは、とても残念なことだった。しかし、自分の膝の高さぐらいになってしまったテレスの手を引いて行くアリスは、まるでチンパンジーをつれて散歩しているようにしか見えなかった。だから、二人が今までのようにダンスホール「ダークムーン」に入って行くのを見て、通りすがりの三文浮浪者は、うしろ指をさして笑った。「あれまあ、猿まわしが、ダンスを踊りに行ったよ」 そらまめが病気になったら そらまめの医者を呼べばいい そらまめが死にたくなかったら パチンと割ってとびだすさ 何のはなしか おわかりか そして、こうしているうちに、とうとうテレスの身長は四十センチになってしまった。もはや、どんな鏡も、テレスを気の毒がって、うつそうとはしなかった。テレスは自分がどんなふうに小さくなってしまったのかを、自分で見ることができなくなった。テレスは、小人ばかりの「四十センチ倶楽部」から入会の勧誘をうけたが断った。長いあおだつとめていた鏡屋「まばたき亭」もやめた。そしてアリスとも会わず、一人で部屋にとじこもってばかりいた。 ひどく無口になったが、アリスを愛していなくなったわけではなかった。むしろ、ますますアリスへの愛はつのっていった。だが、あまりにも二人の大きさの差が開きすぎたので、会うのがこわくなったのである。 「ねえ、どうして¥会ってくれないの」 と、アリスは電話で言った。 「会いたくないんだよ」 と、テレスは答えた。 「きらいになったの?」 と、アリスが言った。 「・・・・・・」 … 続きを読む

カテゴリー: 6.童話 | コメントをどうぞ