カテゴリー別アーカイブ: 2.詩・短歌・俳句

3.11.に捧ぐ「幸福が遠すぎたら」/寺山修司

さよならだけが 人生ならば また来る春は 何だろう はるかなはるかな 地の果てに 咲いている 野の百合 何だろう さよならだけが 人生ならば めぐり会う日は 何だろう やさしいやさしい 夕焼と ふたりの愛は 何だろう さよならだけが 人生ならば 建てた我が家 なんだろう さみしいさみしい 平原に ともす灯りは 何だろう さよならだけが 人生ならば 人生なんか いりません

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あらゆる動きは止まりかたの一変形にすぎない

未来はいつも ふたたび未来となることで 完結し 帰ってゆく、いつも ふたたび過去となって リチャード・ブローティガン ここ東京の 田中未知の家で ある五月の夜 一九八三年 訳/谷川俊太郎 寺山修司と親交のあった米国の作家・詩人のリチャード・ブローティガン。 代表作『アメリカの鱒釣り』で知られ、日本にもファンが多い作家です。 寺山修司の葬儀にも参列されたらしく、親交の深さを物語っています。 その際、追悼として書かれた詩です。 残念ながら寺山修司の亡くなった翌年9月、アメリカの自宅でピストル自殺しました。

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あしたのジョー

作詞:寺山修司 サンドバックに  浮んで消える 憎いあんちくしょうの 顔めがけ たたけ!  たたけ!  たたけ! 俺らにゃ  けものの 血がさわぐ だけど ルルルル… あしたは  きっとなにかある あしたは どっちだ 親のある奴は  くにへ帰れ 俺とくる奴は  狼だ 吠えろ!  吠えろ!  吠えろ! 俺らにゃ  荒野が ほしいんだ だけど ルルルル… あしたは  きっとなにかある あしたは  どっちだ 少年院の  夕焼空が 燃えているんだ  ぎらぎらと やるぞ!  やるぞ!  やるぞ! 俺らにゃ  闘う 意地がある … 続きを読む

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園丁(えんてい)のノート

こんな時代に どうして詩人がありふれているのだろう と疑いをもつ人もいました しかし バラの木にバラの花咲く そこのことに 不思議なけれど です 詩人の多すぎる世の中は不幸ですが 詩人のいらない世の中は もっと不幸なのです 「あなたの詩集・99粒のなみだ」寺山修司編 園丁のノートより 園丁とは庭師のことです

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時には母のない子のように

時には母のない子のように だまって海を 見つめていたい 時には母のない子のように ひとりで旅に 出てみたい 時には母のない子のように 長い手紙を 書いてみたい 時には母のない子のように 大きな声で 叫んでみたい だけど心はすぐかわる 母のない子になったなら どこにも帰る家がない

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