推薦「寺山修司の迷宮世界」

4月1日、洋泉社MOOK 「寺山修司の迷宮世界」が発売されました。
店主も三宮ジュンク堂で入手しました。
とても、わかりやすい特集といえます。
背表紙のキャッチフレーズは
「時代を挑発した異端者の全貌」
お薦めの特集です。1,680円

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「寺山修司トリビュート展」のお知らせです。

5月4日は寺山修司の命日。今年で没後30年の節目となります。
昨年、神戸・灘区の居酒屋よしみ亭店内で「寺山修司トリビュート展」を開催しました。
今年も4月30日(火)~5月5日(日)までの5日間、開催することにしました。

  • 彼の生前に発行された書籍や没後に出版された書籍200冊
  • 寺山修司率いる劇団天井桟敷の宣伝ポスター13点
  • 映画草迷宮の宣伝ポスター2点
  • 劇団天井桟敷、人力飛行機舎が発行した新聞
  • 彼の書いた原稿(複写)

平日は13時から16時まで自由に閲覧していただけます。
書籍は直接手にとって読んでいただくこともできます。

5月4日(土)は「寺山修司の軌跡/ことばの重力」と題し、
管理人による寺山修司に関するレクチャーを行います。
13時~15時 参加費500円(ドリンク付)
限定12名
参加希望の方は、よ しみ亭(神戸・灘区)まで
ご連絡ください。078/801/4431

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言葉が眠るとき かの世界が目ざめる

1972年112月20日初版(定価1200円)新書館
(管理人所蔵/1974年8月20日第三版)


暴力論

勝田吉太郎(京大教授・政治思想史)/1971・12・東京12チャンネル

抵抗論
三島由紀夫/1970・7・「潮」

読書論
鶴見俊輔/1969・9・「思想の科学」

放浪論
深沢七郎/1971・12・「現代」、1972・3・「週間小説」

映像論
篠田正浩/1971・5・「キネマ旬報」

戦後デモクラシー論
野口武彦/1965・12・「思想の科学」

幸福論
羽仁 進/1969・2・「風景」

エロス論
野坂昭如(司会・小川徹)/1971・3・「映画芸術」

前衛芸術論
岡本太郎・金子兜太/1969・1・6・「週間読書人」

都市論
黒川紀章・佐藤忠男・岩田宏・浦山桐郎/1966・4・「現代詩手帖」

関係論
宇佐美圭司・高松次郎・原広司

劇場論
原広司・中平卓馬・磯田光一・渡辺昭義・芥正彦・黒木和男/「地下演劇」

※あとがき、解説なし

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十五歳の詩集

1975年7月30日初版(定価450円)サンリオ出版


目次

十五歳の詩集

  • 世界で一番遠い土地へ
  • 時には母のない子のように
  • かなしみ
  • 何にでも値段をつける古道具屋のおじさんの話
  • 赤とんぼ
  • 作品1番
  • お月さましか話し相手がいなかったら
  • 劇場
  • 翼について

まだ思い出だった頃

  • 忘却
  • みじかい別れのスケッチ
  • 引き算
  • 思い出すために
  • 赤づきん
  • 十一月の思い出
  • 作品Ⅱ番
  • 時は過ぎゆく
  • 作品Ⅲ番

愛さないの愛せないの

  • カウボーイ・ポップ
  • しみのあるラプソディー
  • 愛する
  • 汽車
  • 友だち
  • ジゴロになりたい
  • ぼくのマリー
  • 輪舞

私のイソップ

解説(別役実)


巻末の解説は同じ劇作家の別役実氏によるもの。寺山修司の「詩」「メルヘン」に関しての別役氏らしい分析は、寺山ワールドの根源にあるものを指摘していると思います。抜粋せず、全文を記載します。

『解説』 別役実

寺山修司氏の詩に使われている言葉は、たいていありふれた、いつもその辺でお目にかかっているものばかりなのだが、それを氏がピンセットでつまんで、氏特有の「詩」という装置に仕掛けると、とたんにその言葉が本来持っている最もナイーブなものが、私達の前に開けてくるような気がする。それはたとえば、野の草花ばかりを扱う、腕のいい生花の仕事に似ているかもしれない。氏はその草花を、何事かのために奉仕させるのではなく、生花という装置を通じて、それが既に内包しているものを、ただ見出そうとするのである。

ドラマは、言葉それ自体の内に、深く内蔵されている。ただそれは、長い間の私達の酷使から自らを保護すべく、硬い表皮で幾重にもおおわれているのである。つまり、氏の「詩」という装置は、この硬い表皮を一枚一枚はぎとってゆき、その内奥に眠る最もやわらかな実質を、私達の目の前に解き放つためのものに他ならない。

『一本の樹は、歴史ではなく、思い出である。一羽の鳥は、記憶ではなくて、愛である。一人の誕生は、経験ではなくて、物語である』と、氏は言う。怒らくこの場合、歴史であり記憶であり経験であるものを、思い出であり愛であり物語であるものに、言い換えること自体に意味があるのではない。ただそう言い換える作業を通じて、一本の樹であり、一羽の鳥であり、一人の人間であるものの内奥に眠る、あらゆる言葉をこえた、やわらかな或る実質を、言い当てようとしているのである。言ってみれば、思い出も愛も物語も、全てはこれを言い当てるための仕掛けのひとつに過ぎない。私達は、一本の樹が思い出であることを知って感動するのではなく、一本の樹がまさしく一本の樹であることを知って感動するのである。

このように、私は氏の作業が、感覚的なものというよりは、ひどくメカニックなものである、という気がしてならないのである。

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更新のお知らせ(2012/11/12)

最後に更新したのが寺山トリビュートを企画した今年の5月でした。
本業(自営業)や音楽活動の忙しさを言い訳とし、更新を怠ってしまいました。
来年5月の没後30年の節目に向かって、勢いをつけなければと思っています。
メインメニューの「年譜」を更新しました。
所蔵する書籍とのリンクなどの作業はまだ続きますが、
彼が亡くなった昭和58年までの年譜を書き込みました。

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